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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)7683号 判決 1992年12月18日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

山根宏

被告

医療法人微風会

右代表者理事長

野木盈

右訴訟代理人弁護士

米田泰邦

被告

乙川春男

主文

一  被告乙川春男は、原告に対し、八三〇一万一七〇四円及びこれに対する平成元年一二月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告医療法人微風会に生じた費用を原告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告乙川春男に生じた費用を被告乙川春男の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金九八九一万〇三九〇円及びこれに対する平成元年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告医療法人微風会(以下、「被告微風会」という。)は、肩書地において浜寺病院を経営している社団法人である。

原告及び被告乙川春男(以下、「被告乙川」という。)は、いずれもアルコール症患者として、平成元年一二月二七日の後記2の本件事故発生当時、右浜寺病院中央病棟二階のアルコール症専門病棟において入院治療を受けていた。

2  本件事故の発生

被告乙川は、平成元年一二月二七日午後三時三〇分ころ、浜寺病院中央病棟二階物干場出口前において、突然一方的に原告の顔面に殴りかかり、その場にうずくまり抵抗しない原告に対し、更に殴る蹴る等の暴行をした(以下「本件事故」という。)。

原告は、右暴行により、左眼強角膜切創、同眼瞼切創、同外傷性白内障等の傷害を負い、その結果、後遺症等級第二級にあたる視力障害を負うに至った。

3  被告微風会の責任

(一) 被告微風会の債務不履行責任

(1) 原告は、平成元年一一月二四日、浜寺病院に入院するに際し、被告微風会との間で、原告に対し、アルコール症の適切な治療を行うこと、及び、入院中、自傷・他害の事故を惹起することのないよう保護することを目的とする入院・診療契約を締結した。

そして、被告微風会は、原告に対し、右契約により、適切な治療方法を施して原告のアルコール症を治すとともに、浜寺病院のアルコール症専門病棟においては、精神状態の不安定なアルコール症患者が多数、一病棟で共同生活を行っているのであるから、その入院生活を通じて他の入院患者とのトラブルによる危害を受けることのないよう充分に患者の行動を監視する債務を負った。したがって、被告微風会には、病棟内に入院患者の数に十分対応できるだけの看護婦を常駐させ、右看護婦を通じて病棟内での患者の行動、症状を常に監視し、自傷・他害等の行為が生じないようにする義務があり、また、万一生じた場合には直ちにその制止処置等をとる義務があった。

(2) しかるに、本件事故当時、看護婦詰所には看護婦が一人もおらず、被告微風会は病棟内の患者の行動を監視することができない状態であった。または、看護婦がいたとしても、右看護婦らを通じて入院患者の動静を充分に監視していなかった。

その結果、本件事故の発見が遅れ適切な対応処置がとれず、原告に前述のような傷害を発生させた。

被告微風会の右不作為は、原告との間の前記契約上の債務不履行に当たる。

(二) 被告微風会の不法行為責任(使用者責任)

被告微風会が、本件事故発生当時、浜寺病院アルコール症専門病棟内に充分な数の看護婦を配置していたとしても、右看護婦らは、本件事故の発生につき次のとおり不法行為責任を負うものであるから、被告微風会はその使用者としての責任を免れない。

即ち、右看護婦らは、入院患者の看護及び安全管理を担当する者として、病棟内における異常事態の発生を直ちに把握し、適切な措置を採り、重大な結果の発生を回避すべき注意義務があるところ、本件事故発生の直前に、被告乙川が、看護婦詰所の隣にある食堂兼娯楽室で原告に対し病棟全体に響き渡るほどの大声でどなるなど、放置すれば暴力行為等が生じかねない徴候があったのであるから、直ちに被告乙川を制止するなどの措置をとって本件事故を未然に防止すべきであったのに、右徴候に気付かず、あるいは漫然これを放置し、本件事故を惹起せしめたものである。よって、看護婦らは本件事故につき一般不法行為責任を負うものである。そして、右不法行為は被告微風会の職務の執行につきなされたものであるから、被告微風会は本件事故につき民法七〇九条、七一五条に基づく責任を負う。

4  被告乙川の責任

被告乙川は、原告に対し、暴行を加え、同人に前記2記載の傷害を負わせたのであるから、民法七〇九条に基づく不法行為責任を負う。

5  原告の損害

右傷害によって原告の被った損害は次のとおりである。

(1) 治療費・雑費二四万五六〇八円

(2) 休業損害 七三万六四一九円

原告は本件事故による受傷のために四七日間入院したから、平均年収から一日あたりの所得を算出し、それに右日数を乗じた金額の合計七三万六四一九円が休業損害となる。

(3) 入通院慰謝料

一〇〇万〇〇〇〇円

(4) 後遺症慰謝料

二一八六万〇〇〇〇円

原告は、本件事故により左眼の視力が0.01、右眼の視力が0.03となった。これは、自動車損害賠償保障法施行令第二条別表の後遺障害第二級に相当する。

(5) 後遺症による逸失利益

六九〇六万八三六三円

昭和六三年度の賃金センサスによる平均年収に、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとし、右症状固定時の原告の年齢は五〇歳であるから、労働能力喪失期間を一七年として算出した。

(6) 視力矯正費三〇〇万〇〇〇〇円

(7) 弁護士費用三〇〇万〇〇〇〇円

合計 九八九一万〇三九〇円

よって原告は被告微風会に対しては、診療契約の債務不履行による損害賠償請求権及び不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告乙川に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、九八九一万〇三九〇円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成元年一二月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告微風会)

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の事実中、原告が被告乙川から同時刻ころ同所付近で被告乙川から暴行を受けたことは認めるが、その経過の詳細及び原告の受傷の程度については不知。

3(一) 請求原因3の(一)の(1)の事実中、原告が平成元年一一月二四日に浜寺病院に入院したことは認め、その余は否認する。

アルコール症の治療は、患者の自覚と自発的な努力によらなければ、入院をしても治療効果がないものである。そして、浜寺病院では、患者同志が自律的な生活を規則正しく過ごすための援助をなしているに過ぎない。

アルコール症患者を危険な存在として、社会的に隔離したり、安全確保のためではあっても、病院側が監視・制止体制をとって、治療に強制的な要素をとり入れることは、治療の趣旨自体に反するものである。

したがって、被告微風会に原告主張のような監視・制止体制を講ずる義務はない。

(二) 同3の(一)の(2)の事実は否認する。浜寺病院の中央病棟詰所には看護婦五名とケースワーカー一名が勤務し、各自の作業に就いていた。

(三) 同3の(二)の事実は否認する。

看護婦らには本件事故の予見可能性ないし回避可能性はなく、不法行為は成立しない。

4 請求原因5の事実は否認する。

(被告乙川)

請求原因2の事実中、原告に対し一方的な暴行を与えたとの事実は否認する。その余の事実は明らかに争わない。

三  被告乙川の抗弁(過失相殺)

本件事故は、喧嘩闘争の過程で生じたものであり、原告も被告の腹部を殴るなどの反撃をしているので、公平の見地から、原告の損害を算定するに当たっては、右の点を斟酌して減額されるべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は各当事者間に争いがない。

二同2の事実の存否について判断する。

<書証番号略>及び原告本人尋問の結果を総合すると、被告乙川は、原告に対し、平成元年一二月二七日午後三時三〇分ころ、浜寺病院中央病棟二階南東端にある物干場に通じるドアの前において、突然手拳で原告の左目部分を殴りつけ、無抵抗の原告に対し、更に数回にわたって殴る蹴る等の暴行をしたこと、右暴行の最初の一撃により原告のかけていた眼鏡が割れ、その破片が左眼に入ったこと、これにより、原告は、左眼強角膜切創、同眼瞼切創、同外傷性白内障等の傷害を負ったこと、その結果、原告の左眼の視力が0.01、右眼の視力が0.03になり、身体障害者等級二級にあたる視力障害を生じたことを認めることができる。

被告乙川本人尋問の結果及び<書証番号略>の記載中右認定に反する部分は具体性に乏しいので採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三請求原因3の被告微風会の責任の有無について

1  請求原因3の事実中、原告が一一月二四日、被告微風会との間で入院・診療契約を締結して浜寺病院に入院したことは、当事者間に争いがない。

そして、一般的に、入院中の患者の身体の安全に配慮することは、右患者を受け入れる病院の義務であると認められるから、右入院・診療契約の成立により、被告微風会は、原告に対し、その病状等の具体的状況に応じ、当時のアルコール症治療の分野における一般の医療水準に照らして、合理的な診療看護をなすとともに、右治療目的を達成するための付随的債務として、入院中の同人の身体の安全に配慮すべき債務を負っていたと解するのが相当である。

2  そこで、原告が主張する被告微風会の不作為が債務不履行にあたるかについて検討する。

<書証番号略>及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  浜寺病院においては、本件事故当時、中央病棟二階がアルコール症専門の病棟になっており、その南端中央付近に位置する開放カウンター式の詰所に、看護婦が三交代制で常駐していた。

(二)  右詰所には、午前八時から午後四時までは約九名、それ以外の時間帯は二名の看護婦が七〇名前後の入院患者の看護及び病棟内の管理を行う体制をとっていた。

(三)  本件事故が発生した平成元年一二月二七日午後三時三〇分ころは、看護婦の鍋谷キヨエ、同篠原久美子他数名の看護婦が右看護婦詰所において勤務中であったが、入院患者らの動静に対する特段の監視はしていなかった。

そして、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  ところで、<書証番号略>、及び証人植松直道、同向井寅嘉の各証言によると、被告の浜寺病院における治療方針は以下のとおりであったことが認められる。すなわち、同病院のアルコール病棟は、アルコール症専門病院として設置・運営されており、自傷・他害のおそれのあるアルコール性精神障害者とは区別された、自発的な意思でアルコール依存ないし嗜癖からの脱却をめざして入院を希望する患者のみを受け入れている。そして、同病棟における入院治療は、アルコール離脱に伴う疾患を治療するとともに、患者各自がアルコールからの自主的・自律的な離脱を、共通の動機・目的として、これを持った仲間と協力しながら達成するのを援助することを目的とするものである。したがって、その入院生活は、各地の断酒会との連係の下で行われる患者本人や自治会の自主的な管理や自己規制努力に委ねられている。

4 右の事実によれば、被告の浜寺病院におけるアルコール症の治療は、身体的疾患の治療を行うこと、及び、アルコール離脱のための患者の自主的な努力や自己管理を側面から援助することを主眼として行われており、後者については、入院患者の自主性への信頼自体が治療効果に結びついているのであって、患者の危険性を前提としてその日常生活を全般的に監視するというようなものではないことが認められる。

そして、かかる方針は、アルコール症患者の治療、看護を目的とする病院において、専門医の裁量に委ねられた範囲内の医療方法であって、社会的にも容認されているものと考えられる。

したがって、被告微風会が入院患者の身体の安全に配慮すべき義務を尽くしていたといえるかどうかを判断するにあたっては、右の事情を考慮したうえで、当該状況下において、自傷・他害の行為等の異常事態の発生する具体的な危険が客観的に予想されたかどうか、さらに、右危険性が予想された場合に、その危険性の程度に応じた予防措置がとられていたかどうかを検討することが必要である。

5  そこで、本件事故発生当時、原告と被告乙川との間の人間関係について、右の具体的危険が客観的に予測されるような状況にあったか否かについて検討する。

<書証番号略>、証人植松直道、同向井寅嘉、同桜井光男の各証言、原告、被告乙川の各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  事故発生前の被告乙川の治療経過

被告乙川は、平成元年一一月二一日、小杉クリニックの医師の紹介で浜寺病院に来院し、受診、入院したが、同人には過去に本件のような加害行為の前歴はなく、その危険を窺わせるような徴候はなかった。入院後の被告乙川の治療経過は、全般的に順調であり、堺市内の保健所で行われる地域断酒会に定期的に出席し、他病院と共同して行われるソフトボール大会にも出場するほか、入院生活においても、他の患者とよく交流して、温和に過ごしていた。

なお本件事故発生の約二週間前ころから、被告乙川には、アルコール症にしばしばみられる退薬症状(アルコールを断っていることによって起きる症状)としての「いらいら」が断続的に現れ、一二月一二日、一五日、一九日、二七日の同人のカルテにはその旨の記載及び安定剤であるホリゾンの注射を受けた旨の記載がなされている。しかし、右症状は、焦燥感や落ちつきがない感じを伴うものの、攻撃的な行動に結びつくものではなく、それ自体としては対人的な傷害事故を予測させるものではない。また、右症状に対しては、これをその都度抑制すべく安定剤の注射がなされていたので、いらいらした状態が次第にこうじて、本件事故に至ったという経過ではなかった。

(二)  原告と被告乙川の関係

原告と被告乙川はほぼ同時期に浜寺病院に入院し、互いに面識はあったが、被告乙川は原告の言葉遣いや態度などに不快感や反発心を抱くようになっていた。そして、本件事故が発生する二、三日前には、原告が他の患者の部屋にノックをしないで入ろうとしたことから、被告乙川が原告を怒鳴りつけたという経緯もあった。しかし、表立った対立関係はなく、原告自身も被告乙川との間に特にわだかまりを感じてはいなかった。

(三)  事故直前の状況

原告が、平成元年一二月二七日午後三時三〇分ころ、浜寺病院中央病棟二階の食堂兼娯楽室内のテーブルで他の入院患者と談話等をしていた際、被告乙川が加わり、二人で五目並べをしたりして、時を過ごしていた。その際、原告が被告乙川に対し「乙ちゃん」と呼びかけたことに対し、被告乙川が「おまえに乙ちゃんと気安く呼ばれることはない。このごろお前生意気だ。」などと怒り出して、原告と口論となった。当時娯楽室には一〇数名の入院患者が、テレビを観たり囲碁をしたりしていたため、被告乙川は原告に「ここではなんやから、こっちで話をしようか」と言って先に歩き、原告は一メートル程離れてその後をついて行った。両名が看護婦詰所の前を通って、その約三〇メートル東方の同病棟二階南東端にある洗濯場の物干場に通じるドアの前まで直線の廊下を行ったところで、前記二認定のとおり、本件事故が発生した。

原告と被告乙川の間の、娯楽室での口論は、険悪な雰囲気を感じさせるものではあったが、同室内にいた患者の中には右口論に気付かなかった者もあり、直ちに暴力行為や喧嘩に結びつくほどの緊迫したものではなかった。また、原告は自発的に被告乙川の後について行っており、被告乙川に無理に連行されたという状況ではなかった。

6 以上の事実によれば、被告乙川が、本件事故発生当日以前において、原告に対し加害意思を持っていたことは窺えず、また、本件事故発生の直前の食堂兼娯楽室における原告との口論から本件事故現場に移動する過程においても、暴力行為等の事態の発生を直ちに予見することが可能であったと評価し得る事情が存した、とは認められない。そして、他に、原告や被告乙川について、客観的に、自傷・他害の行為等の異常事態が発生する具体的危険が予測されるような事情があったとは認められない。

そうすると、被告微風会は、数人の看護婦を詰所に配置していたことにより、一応の安全に対する配慮義務を果していたところ、これに加えて、具体的な事故の発生防止のための何らかの回避措置を講ずべき機会が客観的に存していたと認めることはできない。したがって、前記看護婦らの不作為をもって、被告微風会の債務不履行であるとはいえないので、原告の被告微風会に対する債務不履行責任を求める請求部分は理由がない。

7  被告微風会の使用者責任の成否

また、原告は、被告微風会の使用者責任(民法七一五法条)を追及する前提として、看護婦らの不法行為責任(同法七〇九条)を主張するので検討するに、前記のとおり、浜寺病院で勤務していた前記看護婦らには本件事故発生の予見可能性があったとは認められないのでその結果回避可能性を論ずるまでもなく、同看護婦らの過失責任を問うことはできない。

そうすると、被告微風会における使用者責任についても、その前提を欠くことになるので、原告の被告微風会に対する不法行為責任を求める請求部分も理由がない。

四被告乙川の責任原因

前記二認定の事実によると、被告乙川は、民法七〇九条に基づき、原告に与えた後記損害につき賠償すべき責任がある。

五損害

そこで、次に被告乙川との関係での損害の点について判断する。

前記認定の事実に<書証番号略>、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は本件事故のために前記二記載の傷害を受け、事故当日の平成元年一二月二八日から平成二年一月二一日までの間は近畿大学医学部附属病院に入院し、同年七月六日から同月二九日までは関西医科大学附属病院に入院して治療を受けたものの、前記二記載の視力障害を生じたことが認められ、右視力障害は、自動車損害賠償保障法施行令第二条別表の後遺障害第四級(労働能力喪失率九二パーセント)に相当すると認められる。

そこで、以上の事実を前提に以下損害の数額について判断する。

1(1)  治療費・雑費

二三万二七七八円

<書証番号略>によると、原告主張の治療費・雑費のうち、本件事故による受傷のための治療に要した費用は二三万二七七八円と認められる。(右<書証番号略>のうち、<書証番号略>は本件事故前の支出分であり、<書証番号略>は請求書に過ぎず、<書証番号略>は浜寺病院への支払分であり、また、<書証番号略>はいずれも小杉クリニックでのアルコール症のための治療費であるから、いずれも本件事故との因果関係を認めることができない。)

(2) 休業損害 三七万六〇三二円

<書証番号略>及び原告本人尋問の結果によると、原告は昭和一五年七月三〇日生まれであること、浜寺病院に入院する前日まで姉夫婦の経営するメリヤス会社で働いていたことが認められ、右事実に前記認定の原告の受傷内容及び治療経過並びに原告本人尋問の結果を併せ検討するに、原告は本件事故による前示受傷のために二四日間の休業を余儀なくされたものと認められるから、昭和六三年度の産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者(五〇歳ないし五四歳)の男子労働者の平均年収から一日当たりの所得を算出し、それに右日数を乗じた金額の合計三七万六〇三二円の休業損害を蒙ったものと認められる。

なお、原告は、平成元年一二月二八日から一月二一日までの近畿大学附属病院における入院期間中の休業による損害も併せて、七三万六四一九円の休業損害があった旨主張するが、前記認定の事実と<書証番号略>及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は平成元年一一月二四日に浜寺病院に入院し、順調な経過を辿っていたものの、浜寺病院においては、入退院は患者の意思に委ねられているとはいえ、入院期間としては数か月間が一応の目安とされていることが認められ、平成元年一二月二八日までに同病院を退院する具体的見込みを肯認するに足りる証拠はないことを考慮すると、原告において、右主張の頃、稼働可能であったとは認められない。

(3) 入通院慰謝料 一〇〇万円

前記認定の、本件事故による原告の受傷の治療状況その他諸般の事情を総合すれば、入通院によって原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円が相当である。

(4) 後遺症慰謝料 一四五〇万円

前記認定の本件事故の態様、原告の後遺症の程度その他諸般の事情を総合すれば、右後遺症によって原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は一四五〇万円が相当である。

(5) 逸失利益

六九〇六万八三六三円

原告は、右障害を受けたことにより労働能力の九二パーセントを喪失したので、五〇歳から六七歳までの一七年間の収入を失った。賃金センサスによれば、昭和六三年度の産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者(五〇歳ないし五四歳)の年間収入は、五七一万九〇〇〇円であるから、五〇歳から六七歳まで一七年間右収入があるとして、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除すると、次の計算式のとおり六三五四万二八九四円となる(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第三条)。

(5,719,000円×12.077×0.92=63,542,893.96)

(6) 視力矯正費用 三〇〇万円

前掲<書証番号略>及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故による傷害により、左眼水晶体を摘出したため、今後は特殊なコンタクトレンズを使用して視力を出さねばならず、右コンタクトレンズは二年に一回の取り替えが必要であり、一回に二〇万円必要であることが認められるから、八〇歳までの三〇年間に三〇〇万円を要する。

(7) 弁護士費用 三〇〇万円

原告が、その訴訟代理人弁護士に本訴の提起、追行を委任していることは明らかであるが、本件訴訟の経緯、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にたつ費用としては三〇〇万円をもって相当と認める。

2  損益相殺

なお、前掲<書証番号略>及び原告本人尋問の結果によれば、原告は平成二年九月に、身体障害者等級第二級の身体障害者と認定され、以後、月額一一万円の厚生年金の支給を受けている。従って、弁論終結時までに少なくとも合計二六四万円を受領していることが認められる。よって、被告が原告に賠償すべき損害額は、次のとおり八三〇一万一七〇四円である。

(232,778+376,032+1,000,000+14,500,000+63,542,894+3,000,000+3,000,000−2,640,000=83,011,704)

六過失相殺

次に被告乙川の抗弁について判断する。

被告乙川は、原告の受傷は、喧嘩闘争の過程で生じたものであり、原告も被告乙川に対して反撃を加える等の闘争行為をしたと主張する。しかし、前記二認定の事実によると、原告の受けた傷害は、無抵抗の原告に対する被告乙川の突然の暴行によって生じたものであるから、本件においては、損害賠償額の算定につき斟酌すべき原告側の事情は存しないというのが相当であり、被告乙川の右抗弁は採用することができない。

七結論

以上によれば、被告乙川は、不法行為による損害賠償債務として、原告に対し、合計八三〇一万一七〇四円及び右金員に対する不法行為の日の翌日である平成元年一二月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負担しているものと認められる。

よって、原告の請求は、そのうち、右金額の限度では理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊東正彦 裁判官倉田慎也 裁判官福井美枝)

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